「ランドスケープと夏の定理」(高島雄哉)を読了。Kindle版。
面白かった。ガチガチにハードなテーマでありながら読みやすいのは、日本人作家だからなのか。
イーガンをかなり意識したことはあとがきでも書いてあるけれど、イーガン慣れしている読者からすると、わかるようでよくわからないのが、本作で大きな役割を果たす「情報ー演算対」という、一時的な知性アップロード技術。
脳から一時的に取り出された記憶情報核に演算機能を付加して、情報空間で活動したり、光速で送受信できたりする、というのが情報ー演算対。取り出した記憶情報だけでは(実行する)環境がないので機能しないだろう。そこに実行環境や入出力、体感覚などをエミュレートするのが演算対の部分ということなのかな。イーガン風に言えば演算対=エクソセルフだろうか。
…というあたりを微に入り細を穿って描写してくれたら、もっと良かったかなぁ。あんまり売れないかもしれないけど。